■いいからマーリンを愛せってばよ
比較的、初期のタイプ、マーリンIII。バトル オブ ブリテン参加エンジンですな。
マーリン63or66のアメリカ生産版、パッカードマーリン。
上の写真とは左右逆なんだが、エンジンの左(上の写真では右)のスーパーチャージャー部が
かなり巨大になってるのがわかるだろうか。
上のIIIは1段1速、下のパッカードマーリンは2段2速過給機。その差だ。
ちなみに下の写真で過給器の上についてる箱状の部分はインタークーラーで、
マーリンエンジンのものは液冷式となっている。
マーリンの進化は大きく分けて二つの流れがあるんだよ。
「はあ」
一つは過給器、スーパーチャージャーの進化、
もう一つは、使用燃料の進化によるブースト圧のアップの実現だね。
ブースト圧とは過給機でエンジンに空気を送り込む力の大きさの事だ。
スーパーチャージャーの進化の話は既にしたから
、ここでは燃料の進化の話をしよう。
「燃料が進化って、ガソリンだろ?ガソリンが英語をしゃべるようにでもなったのかい?」
私が確認した範囲内では、しゃべるガソリンの開発は確認できなかった。
燃料の進化、というのは主にオクタン価の上昇なんだ。
アメリカは、大戦の勃発する前に、シリンダ内での燃焼時にノッキングの起こりにくい
高オクタン価のガソリン開発に成功していたんだよ。
1939年の開戦直後から、これをイギリスは供給してもらってたんだ。
「ノッキングが起こらないと何のメリットがあるの?」
ペロ君、相手を見てモノを言えよ。私を誰だと思ってる。そんな難しい話、わかるわけないじゃないか。
「おいおい」
さて、エンジンのパワーアップには幾つかの方法がある。
排気量、圧縮比、ブースト圧、エンジン回転数、これらを上げるのが一般的だが、
マーリンの場合は、“すでに完成して量産に入ってしまったエンジンのパワーアップ”だ。
「それって何か特殊なの?」
改良できる要素が極めて少ないんだよ。排気量、回転数はそう簡単には変えられない。
ドイツのダイムラーはやったけどね(笑)。
まあ、なにせ戦争中だ。
開発に手こずって2年も3年もかかっていては戦争が終わってしまう。
「じゃあどうするのさ?」
方法はいくつかある。で、ロールス-ロイスはもっとも手っ取り早い方法を選んだんだ。
「つまり?」
大雑把に言って、ピストンエンジンでは過給器のブースト圧を高め、より大量の混合気を
シリンダーに送り込んでしまえば、エンジン出力はあがる。
ロールス-ロイスはこの方法、ブースト圧を上げてエンジンパワーを上げる進化の方向性を選んだんだ。
が、通常のガソリンでこれをやってしまうと、シリンダ内で混合気の点火タイミングがあわず、
不完全燃焼によるノッキングが起こってしまう。
「なんでだよ?」
通常より高温高圧の混合気だから、プラグで点火する前の圧縮段階や、
点火後の高温状態でガソリン入りの混合気が自然発火しちゃうんだ。
この状態でピストンは本来の発火時にあるべきポジションじゃないから、
当然、正常な動作はできなくなる。
それを防ぐため、簡単に発火しないように調整されているのが、高オクタン価のガソリンなわけだよ。
ちなみにハイオクとか、高オクタン価とか聞くと、いかにも高性能!って感じだが、
先にも書いたように、高温高圧の耐久性が高いだけで、要するに燃えにくいだけだ。
ノッキング防止以外には意味が無い。
低い圧縮比&低ブースト圧のエンジンに使っても、あら奥様、ウチのマシンが
大幅にパワーアップ!なんてことはないんだ。
あくまで、それを使いこなせる、高性能エンジンの存在が大前提になる。
「わかったようなわからないような」
ドイツのメッサーシュミットMe109にある「87オクタンのガソリンを入れろ、いいから入れろ」マーク。
これ、G型ですんで、イギリスではとっくにマーリンが100オクタン価専用型に切り替わった後。
アメリカを敵に回す、というのはいろんな意味で不利なのでした。
DB系のエンジンは、高圧縮比、高ブースト圧によるパワーアップが図れていなかったことになります。
ここで書く話ではない気もしますが(笑)、以下、余談として。
実はMe109F1&F2に詰まれたDB601Nは100オクタン価ガソリン(C3)用エンジンだったのですが、
F3以降のDB601Eで87オクタンに戻ってしまうんですね。
以後、DB605Aでも87オクタンのまま突っ走って行くことになります。
いろんなことが読み取れる話ですが、そこら辺はいつか、そのうち、やれるもんなら、Me109の記事で。
ちなみにイギリスは開戦前から少しづつタンカーで運んで(西インド諸島のアルバ島あたりから)
必死に備蓄、十分に溜まってからマーリンの100オクタン価をスタートさせました。
日本も実は開戦前に、関係が険悪になる前のアメリカから買って備蓄してたりします。
ぜんぜん足りませんでしたが(涙)。
まあ過給器の進化の著しかったマーリンでブースト圧が上げられないと、
宝の持ち腐れになってしまったわけさ。
「燃料が進化した、というか進化したエンジンに必要だったガソリンが
タイミング良く完成していた、って感じ?」
そうだね。持ちつ、持たれつ、エンジンだけでも燃料だけでも意味がなかった。
実際、ロールス-ロイスも100オクタンガソリンが無ければ、あんな過給器はつくらなかったろう。
通常のガソリンでは、とてもまともに動かないだろうからね。
で、当初のマーリンは87オクタン価ガソリン使用、という控えめな燃料だったが、
スピットのMk.IIに積まれたマーリンXIIからは早くも100オクタンの燃料使用が前提となり、
ブースト圧のリミットが6 lb/sq.in(ポンド/平方インチ)から9
lb/sq.inに引き上げられた。
これによって定格高度(エンジンが最大性能を発揮するようにセッティングしてある高度)で、
130馬力(HP)も出力が上がってしまったから、燃料の進化は決して小さくない要素なんだ。
「へー」
で、100オクタンガソリンを使ってブースト圧を18
lb/sq.inまで上げて行くのだが、それでも満足できなかったらしく(笑)、
本来は存在しない100オクタンを超えるガソリン、150オクタン(100/150)という燃料まで開発して、
最終的には25
lb/sq.inまでブースト圧を上げて行ったらしい。
「本来は存在しないってのはなんだよ?」
オクタン価というのはノッキングの起こりにくさを数値化したものなんだ。
これは、ガソリン中の科学物質、イソオクタンを基準にしてる。
大雑把に言うと、これの「理論上の含有率」みたいなものなので、
オクタン価が100%を超える事はありえないんだよ。
ただしオクタン価そのものの設定は国によっても異なるようなので、注意がいる。
で、アメリカでは添加剤を使って、オクタン価100%を超える
対ノッキング性を持ったガソリンを作り出してしまったんだ。
添加剤には四エチル鉛を使うのが普通で、これがいわゆる有鉛ガソリンだね。
マーリンがあれだけ進化できたのは、それを支えるガソリンがあったからなのさ。
「…あ、終わり?」
…人の話、聞いてなかったね、ペロ君?
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